2013年6月28日金曜日

フランシス・ライトが尊敬される理由が判らない(^^♪


ペナン建設の父とでも称されるのか、当地では尊敬の対象になっているフランシス・ライト。


ペナンには、フランシスという名の男性(中華系マレーシアン)が多いような気がする。彼の銅像も建立されているし、彼のゆかりの地や住居などが、今も残っている。(例;Suffolk House)




だけど、ペナンの歴史を読んでいると、現在のペナンの発展の基礎を築いたという点で評価はするけれど、彼が尊敬に値する人物なのかと疑問に思わざるを得ない。


フランシス・ライトは、マレー語・タイ語を話す商人であったが、シャムとビルマからの圧迫を受けていたクダ王国へ、イギリス軍の助力を約束し、ペナンを年間3万ドルで租借する提案をした。契約が結ばれる前に、イギリスの移民がペナンへ上陸し、賃貸料は6千ドルしか払わなかった。


その後、クダ王国からイギリス軍の援軍を要請されたにも係わらず、約束は守らなかった。業を煮やしたクダ王国スルタンがライトを攻撃するのを察知して、逆にクダ王国の軍隊を破って、賃貸料6千ドル、軍事援助の取り消しを勝ち取った。


ペナンの歴史(ウイキペディア)より抜粋


普通、こんな史実を読んで聞かされたら、フランシス・ライトはマレーシアの仇となる筈だが、ペナンでは銅像まで建てられている。


どうしてぇ~~??


マレーシアの学校では、どんな風にフランシスライトのことを教えているのだろうと当然興味が沸く。


聞いた話だが、ペナンのイギリス系インターナショナル・スクールでは、マレーシアの歴史を教える際に、植民地政策は本国(UK)に都合の良いように教えているそうだ。


この辺りが韓国を併合、満州国を建設した日本と韓国・中国の関係と大いに異なるようで興味深い。一説に由れば、支配する側が白人か同じアジア人の違いだと指摘する人もいる。


もしそうだとすれば、韓国や中国の被害者意識が、我々日本人と歴史認識を共有出来る訳がない。彼らの歴史認識とは、100%中国や韓国の主張を認めることなのだから・・・・。


ライトさんよ、貴方の子孫は植民地の人々に、何て上手に歴史を教え込んだのかと、その点では尊敬に値するかもしれない。


欧米の植民地支配は、歴史的にも非難されることはなく、嘗て植民地であった国々とは、現在も宗主国として友好な関係にあることが多い。


一方、中国・韓国は反日を自国民に植え付け、政権維持を図る手段として、歴史カードを永遠に使い続けるのだから、友好的な関係が維持出来るとは思えない。


フランシス・ライトは、200年後の東方の諍いなど、微塵にも気にすることなく、誇らしげにペナン島の表玄関で海を見つめている。