2014年8月18日月曜日

慰安婦問題は朝日・福島・吉見の共同制作

福島氏が1991年にNHKに売り込んできたのは「元慰安婦が給料の支払いを求めている」という話で、それだけなら裁判で却下されて終わりだった。そこに朝日の「強制連行」という誤報が出たため、彼女はこれを利用しようと考えたのだろう。単なる戦時賠償が認められないことは、過去の判例からも明らかなので、「強制連行」を付け加えれば金を取れる、と考えたものと思われる。

さらに朝日がその作戦に乗って「強制連行はなかったが強制性はあった」というキャンペーンを始めたので、大混乱になった。朴慶植のいう強制連行(徴用)が朝鮮人女性になかったことは明白だが、「強制性」とぼかせば何でも入る。吉見義明氏によれば、植民地では、たとえ本人が自由意思でその道を選んだようにみえるときでも、慰安婦はすべて強制なのだから、史実を調べる必要もない。

このように慰安婦事件は、朝日新聞の誤報が発火点だったが、それを訴訟に利用して慰安婦の証言をミスリードした福島氏などの弁護団と、その結論にあわせて「強制性」を際限なく拡大解釈した吉見氏などの左翼学者が共同で創作した、壮大なフィクションである。これを徹底的に検証してすべて撤回するまで、日韓関係は正常化しない。



中国が嘘を繰り返し相手を騙すのは孫子の兵法

 ブータンとの間では、山脈にある国境地帯のブータン側に人民解放軍が勝手に小屋を建てたり道路を建設したりして、少しずつ領土を侵食してきました。こっそり国境線を書き換えるという信じがたい行動で、ブータンの国土の18%がすでに奪われています。

詳細は、中国が嘘を繰り返し相手を騙すのは孫子の兵法と櫻井よしこ氏│NEWSポストセブン

2014年8月6日水曜日

朝日新聞は慰安婦問題の本質を直視せよ

朝日新聞は慰安婦問題の本質を直視せよ

慰安婦は売春婦である。戦前は売春は合法であり、多かれ少なかれ「性の相手を強いられた」のだ。それは吉原の歴史を見ればわかる。朝日新聞は「軍が強制連行した」という証拠が出せなかったから「女性としての尊厳」に問題をすり替えているのだ。

問題の本質は女性の人権といった一般論ではなく、公権力による強制の有無である。民間の商行為に政府が謝罪する理由はない。

詳細は、池田信夫 blog : 朝日新聞は慰安婦問題の本質を直視せよ


2014年8月5日火曜日

朝日新聞は嘘の上塗りをやめよ

理研の笹井芳樹氏が自殺した。ここまで嘘をつき続けた小保方氏の罪は重いが、早い段階で理研が彼女を処分していれば、こんな事態にはならなかっただろう。最初は悪意がなかったとしても、事実がわかってから嘘をつき続けることは、何倍も大きな被害をもたらす。朝日新聞も同じだ。

詳細はこちら、池田信夫 blog : 朝日新聞は嘘の上塗りをやめよ

2014年8月1日金曜日

米軍慰安婦で立つ瀬がない韓国



 ──韓国の元米軍慰安婦122人が6月末、「朝鮮戦争後(1960~80年代)、韓国政府の管理下に置かれ、売春を強制された」として韓国政府を訴えた

 ストークス氏「彼女たちは『基地村女性』『ヤンコンジュ』(洋公主)と呼ばれた女性だ。当時、韓国政府から『ドルを稼ぐ愛国者』として称えられていた。韓国は貧しく、そうした風俗産業で経済が支えられていた。それが65年の日韓基本条約を契機として、(日本の莫大な経済・技術協力が入り)だんだんと経済が発展してきた。そうなると、慰安婦たちが果たした役割は社会から忘れられ、差別だけが残った」

 ──韓国政府は国策として慰安婦を利用し、見捨てたのか

 ストークス氏「元慰安婦が韓国政府を訴えたのは、彼女たちが国や社会から虐げられてきたからだ。私は50年近く、韓国を取材してきた。その中で、とりわけ悲しかったのは、仁川(インチョン)にあった米軍人と韓国女性との間に生まれた子供たちの施設を取材したことだ」

 ──具体的には

 ストークス氏「そこには、金髪で青い目の子供もいれば、エキゾチックな顔立ちをした子供もいた。いずれも驚くほど美しく、深い感銘を受けた。同時に、慰安婦や子供たちへのひどい仕打ちも目撃した。外を歩けば石を投げられ、汚い言葉が浴びせられた。あのような残酷な光景は、日本はもちろん、他のどの国でも見たことがない。社会の根強い偏見と差別のため、母親は子供たちを捨てていた。仁川の施設には当時、5歳から7歳ぐらいの子供たちが住んでいた」
 ──韓国政府は何もしなかったのか

 ストークス氏「中には、米国の養親に引き取られ、新しい人生を始めた子供たちもいた。米国では韓国で受けたようなひどい差別はなく、十分な教育を受けて幸せになった人も多かった。しかし、多くの慰安婦とその子供たちは、取り残されたままだった。父親である米軍人にも、母国である韓国にも捨てられた存在だった」

 ──韓国政府はそんな悲劇を抱える一方、日本に対しては慰安婦問題で謝罪と賠償を求めている

 ストークス氏「元米軍慰安婦に提訴されて、韓国政府は立つ瀬がないのではないか。世界中に日本の悪口を吹聴し、いろいろ要求しながら、自分たちは慰安婦や子供たちを放置してきたのだから。もし、韓国政府に誠意があるのなら、この問題の責任を自覚し、事実をきちんと検証すべきだ。私のような当時をよく知る外国特派員を呼び、証言を取るのも1つの方法だろう。真実の歴史を明らかにすることこそ、現在に生きるわれわれが後世に果たすべき義務なのだから」 (取材・構成、安積明子)

 ■ヘンリー・S・ストークス 1938年、英国生まれ。61年、オックスフォード大学修士課程修了後、62年に英紙『フィナンシャル・タイムズ』入社。64年、東京支局初代支局長に着任する。以後、英紙『タイムズ』や、米紙『ニューヨーク・タイムズ』の東京支局長を歴任。三島由紀夫と最も親しかった外国人記者としても知られる。著書に「英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄」(祥伝社新書)、共著に「なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか」(祥伝社新書287)など。

【目覚めよ日本】米軍慰安婦で立つ瀬がない韓国 日本を批判も自国内の深刻な差別は放置 (1/2ページ) - 政治・社会 - ZAKZAK

2014年7月21日月曜日

習近平主席、李克強首相のバカげた歴史認識

 7月10日に閉幕した「第6回米中戦略・経済対話」で、両国政府は年内に投資協定の大枠を固める方針で一致した。この席で、中国の習近平国家主席は米国代表団を前にこんな演説をした。

 「天高く自由に鳥が飛び、広がる海を魚がはねる。私は『広い太平洋には中米両大国を受け入れる十分な空間がある』と感じる」

 鳥は中国軍機で、魚は中国潜水艦のことらしい。何をバカなことを言っている、太平洋はこの2国だけのものではないだろう、と言いたい。

 習氏は、日中全面戦争のきっかけとなった盧溝橋事件から77年を迎えた7日にも、北京郊外の中国人民抗日戦争記念館で演説し、「日本の侵略者の野蛮な侵略に対し、全国の人々が偉大な闘争に身を投じた。歴史をねじ曲げようとする者を中国と各国の人民は決して認めない」と日本を批判している。

 また、昨年5月にドイツを訪れた李克強首相も、あのポツダム会議の会場で、「日本が盗んだ領土を中国に返還することを盛り込んだ『カイロ宣言』の履行を明記した『ポツダム宣言』は、戦後の世界平和の保証であり、これを破壊、否定してはならない」と発言した。

 習氏も李氏も、歴史がわかっていない。ポツダム宣言には尖閣のことは何も述べられてない。そのもととなったカイロ宣言(そしてヤルタ会談)も、中国共産党には何の関係もない。大戦中の1943年、米国のルーズベルト大統領の要請でカイロ会談に参加したのは国民党の蒋介石だ。当時、中国共産党の毛沢東は揚子江(長江)の上流に逃げていた。

 中国共産党は自分たちが戦争を終わらせた功績もないのに、「抗日戦争に勝利した我々が人民を解放した」ということを自らの存立理由にしている。しかし、抗日戦争に勝利したのは蒋介石の国民党軍だ。共産党が蒋介石を台湾に追いやって中国大陸を統一したのは大戦終了後3年もたってからだ。

 さらに、中国共産党は「侵略の歴史を美化する者は決して認めない」と言い続けている。ならば、チベットは侵略ではないのか。1959年のラサ地区の蜂起の際、どのくらいのチベット人を虐殺しているのか。東トルキスタンという独立国を侵略して新疆(しんきょう)ウイグル自治区と命名し、漢民族を大量に入植させたウイグルの問題はどうなのか。独立運動をしたモンゴル人を大粛清した内モンゴル(南モンゴル)はどうか。近代中国の歴史は、侵略の歴史でもあるのだ。それを認めないということは、毛沢東も認めないということだ。

 こんな歴史を歪曲して言いたい放題の中国を日本政府はほったらかしでいいのか。「アンタたちも侵略で今日を作ってきているじゃないか」と反論するべきだ。放置しておくと、中国はどこまでもつけあがる。

 私は以前、(反日傾向を国内事情のために強めている)中国と韓国は放っておけばいいと思っていた。韓国については、今もその通りだと思うが、中国にはやはり、反論したほうがいい。日本は歴史を忘れようとしているが、中国は歴史を歪曲しようとしているからだ。

 ■ビジネス・ブレークスルー(スカパー!557チャンネル)の番組「大前研一ライブ」から抜粋。

習近平主席、李克強首相のバカげた歴史認識(ZakZakより)


2014年6月4日水曜日

詐話師・吉田清治氏の『私の戦争犯罪』が収めた大成功

以下、Zakzakより転載

 私が今でも不思議に思うのは、「朝鮮人強制連行」が虚構であることを知っている人はいくらでもいたはずなのに、日本社会がその誤謬(ごびゅう)を訂正しようとした形跡が見当たらないことである。これが火種になって、今日これほどの大問題に発展するとは思わなかったということなのだろうか。

 そればかりではない。1982年には、教科書の検定基準に、中国・韓国などとの戦争の記述に配慮せよという趣旨の「近隣諸国条項」と呼ばれる一項が加えられた。その運用の指針として、文部省の内部文書では、「神社参拝」「創氏改名」などと並んで、「強制連行」も検定意見を付けない事項、言い換えれば教科書の著者の書き放題を認める事項に入れられていたのである。

 それによって80年代以降の歴史教科書で「朝鮮人強制連行」は定番のアイテムとなった。

 後に「詐話師」として虚名をはせる吉田清治氏が慰安婦を奴隷狩りしたと「告白」した本を刊行したのは83年のことだ。題して『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(三一書房)。韓国・済州(チェジュ)島の貝殻工場での奴隷狩りの場面は次のような調子である。

 《「体格の大きい娘でないと、勤まらんぞ」と山田が大声で言うと、隊員たちは笑い声をあげて、端の女工から順番に、顔とからだつきを見つけて、慰安婦向きの娘を選びはじめた。若くて大柄な娘に、山田が「前へ出ろ」とどなった。娘がおびえてそばの年取った女にしがみつくと、山田は木剣で台を激しくたたいて威嚇して、台を回って行って娘の腕をつかんで引きずり出した。山田が肩を押さえて床に坐らせると、娘はからだをふるわせ声を詰まらせ、笛のような声をあげて泣きじゃくった》

 こうして吉田氏は済州島で205人の慰安婦狩りに成功したと懺悔(ざんげ)しているのだが、これは完全なつくり話であることが9年後に暴露されてしまった。

 しかし、その9年間は、吉田氏の創作が事実として信じ込まれていた期間となる。吉田氏は全国を講演して歩き、韓国まで行って土下座した。韓国では、吉田氏の劇画調のストーリーに合わせたテレビドラマが制作・放映された。「現代のベートーベン」と持ち上げられた佐村河内守氏の作曲者偽装騒動もひどかったが、吉田氏もそれに勝るとも劣らない大成功を収めたのだ。

 肝心なことは、初めに「朝鮮人強制連行」という実体のない言葉がつくられ、その言葉が喚起するイメージに合わせて「事実」の「創作」が行われたことだ。

 強制連行の対象を一般の労働者から慰安婦に広げたところが吉田氏の独創的なアイデアであり、これをほとんどの日本人が信じ込まされたのである。

 ■藤岡信勝(ふじおか・のぶかつ) 1943年、北海道生まれ。北海道大学大学院修了後、北海道教育大学助教授、東京大学教授、拓殖大学教授を歴任。現在、拓殖大学客員教授。95年、歴史教育の改革を目指して自由主義史観研究会を結成。97年、「新しい歴史教科書をつくる会」の創立に参加し、現在同会理事。著書・共著に『「自虐史観」の病理』(文春文庫)、『教科書が教えない歴史』(産経新聞ニュースサービス)など多数。